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*森ノ中ノ燈台小屋カラ*

Singer Songwriter 矢武久実の日記

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【ED映像あり】近藤喜文さんを追って~清瀬・石巻・第2の故郷、仙台へ

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【一つ前の記事からの続き。
(以下、前半は2016年6月に書いていた文章です)】




人は10代前半の多感な時期に感化されたものが、
大人の今に至るまで影響するらしい。

その頃好きだった音楽が、
その人のその後の音楽性を根底で決めているのだと、
昔師匠に言われて、否定したい気持ちもありながら妙に納得していた。









春を前に、心が深い場所へ向かうのは何故なのか。


「情緒」

を今の世界が手放そうとしている気がして、
時代と自分が逆行していることに気付くたび、
生きたい世界は何処なのか、
会いたい人は誰なのか、と考える。


今に至るまでに、
どんな経験をして、考え方や生き方が変わっても、
核の部分はあまり変わっていないことに気付く。

欲しい答えは、10代の頃に感じていた世界にしか、
最早見つからないのではないかと、
年々、感じてきている。


そして、その「世界」が
遠くなって見えなくなってしまわないようにと危惧していても、
忘れてしまったことには気づきようが無く、

日々の中でふと思い出したようにその「世界」に触れると、
泣きたくなる気持ちで、
忘れてしまっていた自分を哀しく思う。


それでも、今を生きるため、
逆行したい自分よりも、
現実性と便利さと、共存するための「流れ」に乗る。


どうしたら、情緒を手放さずに言葉を交わしあえるのか、


論理が勝る書き言葉というものでは表現し得ない感覚や心という曖昧な場所を、
情緒というものが語っている気がして、

ネットやメールでいつでも繋がることの出来る不自然さに、
この期に及んでも心は追いつかない。

追いつく自分を疑い続ける。



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【記憶していた以上に記録していなかった自分を呪いながら、
ここからは2018年3月の現在の文章】




近藤喜文さんはスタジオジブリで高畑・宮崎両監督を支えたアニメーター。
彼の存在なしには生まれなかった描写やキャラクターは多く、
両監督の後にジブリを支えるのは彼と言われていたらしい。

病気のため47歳の若さで亡くなった。
近藤さんの最後の大きな仕事は、『もののけ姫』の作画監督。
『耳をすませば』では、初の監督を宮崎さんより任されているが、
そのことを世間が認識しているかは危うい。
(実質、結局のところ宮崎さんは近藤さんに一任できなかったようだが)



上の写真は、近藤さん唯一の著作物『ふとふり返ると』。
亡くなられた2か月後の3月に出版されている。
私は当時TVでやっていたジブリの特集番組で彼の存在とこの画文集のことを知り、
その3か月後の6月に購入している。


当時仙台に住んでいた私は、音楽は趣味になり下がり、
こっそり絵を描くことに心と時間を注いでいて、
楽譜よりも画集や画材や漫画にお金を使っていた。
スタジオジブリの作品を観て育ったような子どもではあるけれど、
心とタイミングがピタッとはまって、一気にジブリ好きを自称するようになったのは、
『もののけ姫』から。

そして、その公開前年にTV放送で初めて観た『耳をすませば』は、
ジブリ作品の中でも一番回数を重ねて観ている。
(特にサウンドトラックは呆れるほど飽きないのか、と自分に問うくらい聴いたり、ピアノで弾いていた)
『耳をすませば』が好きな理由は細部の装飾や舞台にあるので、
一般的な人が思い描く、「耳すま良いよね~」とは異なるのではと思うが、
今をときめく高橋一生に【聖司くん】の名残を観てしまうあたり、
曲がりなりにも私も少女でもあったのだろう。
(原作の柊あおいさんの作品は好きで、これでも立派に少女漫画育ち=りぼんっ子)



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著作権もあるので中身にはあまり触れずに。
この画文集は近藤さんが雑誌で連載されていた1ページ画文と、
日頃描き続けていたジブリ周辺や西東京の日常のスケッチの春夏秋冬で構成されている。

私はただその日常の景色(人物)の一コマ一コマに惹かれ、
その場所に惹かれ、
ジブリの作中で感じる空気や質感と同じ世界が東京にはあるのだと、
作中で描かれた吉祥寺・東小金井・近藤さんが住んでいた清瀬という場所が、人が、
仙台に住む一人の子どもには、夢の場所のように思えた。



けれど、この本の始まりに近藤さんはしっかり釘を刺している。


【もしこのアニメーションをみて……
「あんなところがあったら行ってみたくなった」と思う人がいたなら、
「それは’どこか’にあるのではなくてあなたのいるところ、
つまり、今、あなたのいる街が(村が)
そうなのだ(そうだったのだ)」と答えたい。】



当時の私には少し理解し難かったが、
今いえることは、
【近藤さんの目線で見ていた街や人々の一コマに惹かれたのだ】
ということ。


温かく好奇心の目で切り取った日常が、
10代の私には心安らげる世界だった。
それに気づいてからは、私なりの近藤さんの目で、街を歩いたり人を見ると、
今でもあの世界は生きている、
と判る。
今を大切に、自分の目で今を見て今を描け、と
聞こえてくる。





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2016年が明けてから春の間は、沈んでいることが多かった。
元々、この冬から春にかけての季節は子どもの頃から何故か苦しいことが多い。

そういう思考に陥りがちな中で、現実にも喰らってしまう出来事が続いた。
自ら命を絶った人がいた。
音信不通からの訃報は当時4年前のプロデューサーと重なった。
次いで、必死に守り続けてきた大切な人との居場所を、自分から手放してしまった。

言葉の力はすべて棘に変わっていた。
発信する人の言葉が並ぶSNSは耐えられずすべて絶ち、
メッセージは開かず、
そのことで友人たちとの交流には然程支障は感じられないほど、
普段からやりとりをしていなかったことにも自嘲した。

SNSから離れることに覚悟が必要とも思っていたけれど、
それも自意識過剰だったのだと気付いた。

フルアルバムの制作中という名目で、
ライブの予定を一切入れていなかったから告知をする必要も無かった。
GRAPESの店長から5月にブッキングを貰わなければ、
もっとそれは長引いていたと思う。
その意味でもGRAPESの高橋さんは恩人だ。




3月に入ると、東日本大震災のニュースがやってくる。
その度に仙台を思い出す。
可笑しなことに2011年当時の私は冷酷なほど冷徹に状況を見ていた。
それが、自分の精神状態によっては一気に左右される。

呼吸困難に陥っていたなかで、
それでも前に進みたくて、
けれどその術は分からなかった。

学生時代に同じような状況があって、
その時は、10代前半の自分に会いに行くことで再起したことを思い出す。
最近のブログで少し触れた、
「中2・3年と毎日、担任とやっていた交換ノート」だったり、
自分が好きだったドイツ、漫画、音楽、描いていたものを掘り返す。


そのなかでも、近藤さんはとっておきの一つ。
とっておき、ということは、最後の砦にも近い。
しかも、近藤さんが住んでいた清瀬に行くという夢は、
ドイツに行くなんていう夢よりも簡単に今すぐにでも叶ってしまうのに、
今までしてこなかった。
そういう日のために取っておいた。




上の写真は画文集の中で、清瀬の土地に戦中の不発弾が見つかった、という
阪神大震災の1か月後に描かれた記事。
この記事の中では、『火垂るの墓』に出てくる節子も描かれている。
彼女の愛らしい動作や表情は、
近藤さんの手腕による何よりの賜物。

この絵の中に、
近藤さんも時折通われていた喫茶店があり、
今も清瀬で営業していることを知って、

とっておきが必要だった2年前の誕生日、
春の風が吹く清瀬へ、
足を運んだ。


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逆オレグラッセがあった運命。











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近藤さん云々が無くても、
私の好みそのものなお店だった。

そして画集の中で見ていた町角、バス停などを見つけて、
(人は残念ながらいなかったけれど、)
あぁ本当だ、ここにある、今もある、
この目で良いんだ、
と、とても嬉しくなった。


清瀬のそれ以外の場所を巡るのは、やめておいた。
また、いつかのとっておきのため。
私にはこの喫茶店だけでも充分だった。








それから、2週間後の4月9日。
3か月ぶりにこのブログを更新し、
仙台へ一人、初めて各駅列車で東京から向かった先は、


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石巻。









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今思うと有り難いタイミングだった。
終了間際にえいっと奮起しない限り、
仙台は私には遠く、
この展覧がそこまで価値のあるものなのか、
巡回展だしいつかは東京にも来るだろうし、
と腰を上げなかったと思う。

結果、まだ東京には来てない。
http://www.ghibli.jp/event/kondo/








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駅から会場である石ノ森萬画館までの道中、
至る所で、石ノ森章太郎作品のキャラクターの造形物と共に、
この、近藤喜文展のポスターが見られた。

私はこれまでの人生で出逢った人の中で、
「近藤喜文を知っている」人に会ったことがない。
(そういう話題にならなかったからという可能性も含めつつ)

私とジブリと近藤さんというトライアングルの世界でしか、
見たことのなかった、近藤さんの名前が石巻の町にずらりと並んでいる景色は、
異様であったし、誇らしかった。







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静かな町に好みな建物が。

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足元からお洒落。






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と思いきやハリボテ。








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津波に耐えてよく残ってくれたものだ。

↓この年8月のニュース
http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2016/08/20160824t13007.htm











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石ノ森萬画館は、旧北上川の中州にある。
震災時、津波の被害を受けたことは知っていたし、
石巻という町の被害もニュースでは追っていた。


仙台駅から仙石線に乗って石巻へ向かう間、
広大に広がる平地が畑や田んぼではなく、
かつては住居が建っていたのであろう景色を見続けて、
もう5年も絶った、
とは思えなくなった。


電車からカメラを向けている人もいたけれど、
自分は撮らなかった。






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なぜ石ノ森萬画館で近藤喜文展なのか、
元々漫画家志望だった近藤さんは、
学生時代、石ノ森章太郎のアトリエに何度も足を運んでいたらしい。

奇しくも、近藤さんが亡くなられた1週間後に、
石ノ森氏も60歳で亡くなったのだと今回知った。

私は石ノ森作品にそこまでの縁と知識がないものの、
近藤さんの先に石ノ森氏がいるということは、
私にも何かしら得られるものが石ノ森作品にもあるのだと思う。









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東京から鈍行で向かったため、
着いた頃には夕方だった。
終わり間際で人もまばらな展覧は、
逆にじっくり観られて良かった。

初めて観る、近藤さんの肉筆に最初の一枚から圧倒される。
彼の仕事をジブリがまとめた画集『近藤喜文の仕事』からの資料が多く、
印刷を通して観ていた絵の実際の大きさであったり線の勢いであったり、
病弱で控え目な人物だったというイメージとは逆の、
絵にかける近藤さんの強い意志がはっきり表れていて涙が出た。

絵コンテには、
制作の中での葛藤や、ストーリー展開に悩む書き込み、
何度もキャラクター像や台詞の書き直しをするなど、
こだわりと仕事量にただ尊敬するばかり。

細部に神は宿る。





展覧の最後は、『ふとふり返ると』からの見慣れた絵が並べられていた。
期待はしていたけれど、もしかしたら展覧には含まれないかもと思っていただけに、
最後に視界に入っただけでまた泣けてきた。

本当に近藤さんは生きていたんだなと、
頭の理解とは違うところで、
初めて思えた気がして、

「ようやく逢えましたね」

と心で語りかけながら、閉館時間を気にしつつ部屋を出た。










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萬画館の周囲を少し歩く。












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向こうの海を眺める。
水はまだ冷たかった。
勢いよく、波はコンクリートを侵食していた。








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山桜。


仙台はこの週末が一番の花見の季節で、
来る道中の東北本線、福島の車窓からは、
川沿いに咲く菜の花と桜並木の饗宴に、
列車もスピードを落として、乗客を楽しませてくれた。








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中州に新しく出来たのであろう公園で、親子が遊んでいた。
近藤さんだったらこの風景を切り取っただろうか。
私は相変わらず空を切り取った。


向こう岸では新しくマンションの建設が行われている。
石巻の景色は、重機や工事中の作業員の人が印象的だった。







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再び萬画館の方へ。









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この桜は津波を乗り越えたのか、
それ以降に植えられたのか、

と思っていた謎が今回、当時の萬画館のブログを読んで判明した。

此処には、1本だけ残った桜と震災後に新しく植えられた3本の若い桜があり、
この1本残った桜は震災以降、この時初めて(5年振りに)咲いたのだそうだ。








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私はそれまで春には梅ばかり撮っていた。
このとき、桜をこんなに撮るのは初めてかもしれないな、と思っていた。
暮れかかる光と春の風に煽られながら、
写真としてはあまりうまくは撮れなかったけれど、
そうさせた力がこの樹にはあったのかもしれない。









すっかり辺りは暗くなって、弓なりの細い月が顔を出した。
しまった、友人に連絡せねば。







この週末、急遽仙台行きを決めたので、
駄目もとで数日前に高校時の友人に連絡。
夜に時間を作ってくれたので、
仙台駅で待ち合わせ、
懐かしい、仙台の夜のアーケードを歩きながら、
目をつけていた珈琲屋へ。


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オレグラッセ再び。

どうやら、この頃、TVでお笑い芸人が
これを頼むとモテる?というような紹介でオレグラッセを世に知らしめてしまったらしい。
おかげで、インスタグラム等で検索すると出てくる出てくる。
数年前では考えられなかった事態。

おかげで、仙台にもオレグラッセを出す店を知ることが出来たので、
嬉しいような悲しいような。

しかし、お店の雰囲気、この味、
私が東京で初めてオレグラッセに出会い、暫定1位を譲らない店に似ていて(このお店の方がより現代的)、
とても居心地が良かった。
友人と今の情況であったり、色々諸々を語り語られ。

私は仙台の高校は1年しかいなかったけれど、
その1年はとても濃く、
今もこうして関係が続いていることの有り難さ。

そして、当時私が近藤さんの話をしていたらしいことを、
友人が記憶していてそのことに感動した。




泊まる場所を決めておらず、夜を凌いだら仙台観光でもして帰ろうかと思っていたら、
流石に心配され怒られ、
実家に泊まらせていただくことに。

因みに、5年前震災の年の夏にチャリティーライブ出演のため、仙台に行ったときも、
私は突撃訪問をして、驚かせてしまった前科がある(お店をやられているので、お昼を食べに)


●2011年8月17日『【寫眞日記】仙台の話』
http://yatakekumi.blog82.fc2.com/blog-entry-73.html

↑母校の話なども少し。






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翌日、友人に高校の最寄り駅、地下鉄『泉中央』駅まで送って貰い、
私は当時の通学路を遡って、住んでいた町へ行ってみようと思いつく。
(唯、二つのルートがあり、当時いつも使っていた地下鉄経由ではなく、
今回は、バスで一気に住んでいた町まで行くルートを選んだ。道中の町も見たかったゆえ)







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最近、facebookでちょっと呟いたけれど、
此処はフィギュアスケートの羽生君の地元でもある、と近年知った。
(しかも駅から徒歩圏内)
通っていたスケートリンクも近くにあり、
私は高校のたった1年だけれど、毎日この場所にいて、
もしかしたら幼き羽生君とすれ違っていたやもしれぬ、という
ときめきを感じる。

ゆえに、住んでいたのは青葉区だけれど、
高校含め、泉にはとても愛着がある。







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不思議なタイムスリップだった。
帰る家も会う人もいない町へこれから帰る。
当時の空気と、知らない空気が混ざりながら、
懐かしい日常のなかに、
異邦人である自分を感じていた。




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住んでいた家は、丘の上にある。
仙台の新興住宅地は、
東京の多摩や、横浜のそれと似ていて、
山を削り、張り付くように同じような形の家が並んでいる。

越してきたばかりの頃は、
何度かこの丘の中で迷子になった。

因みに先の羽生君ではないが、
小学校では、卓球の愛ちゃんが一緒だった。(家もご近所)




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花韮(Spring star)

君は此処にも居たんだ。








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通っていた小学校と中学校は並んで丘の頂上にある。
この地形や空気感に私はとても影響を受けているため、
私の創作には、丘が欠かせない。


天気がイマイチだったけれど、
晴れた日には、太平洋まで望める。

この丘が好きだ。









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最寄駅まで坂道を一気に下り、
仙山線で仙台駅へ。

今回やっと、ちゃんと駅を撮る。






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ガス燈への偏愛もその昔、このブログでガスミュージアムへ行ったレポートに書いたことがある。
流石に今日は情報量が多すぎるので、またいつか紹介し直したい。









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ひょうたん揚げ。

上に挙げた、2011年の仙台レポートの時に、写真を撮り逃したことを後悔してのリベンジ。
これを食べなきゃ、仙台人ではない。









春の風に吹かれるまま。


懐かしい町を歩いても、
人も町も今を生きているんだと突き出される現実がある。

少し哀しいけれど、私は今は此処に生きる人間ではなく、
かつて生きていた人間で、
私を知る人も殆どいない町に、
どこまでも異邦人である感覚は拭えない。
それは、生まれ育った群馬も同じ。



だから、自分は今の居場所で今やるべきことをやろう、
帰ろう、と思った。








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清瀬の喫茶店で出てきた逆オレグラッセのソーサーに、
『Serenity Prayer』(二―バ―の祈り)
という有名な詩の一節が書かれていた。

グラスとコースターを退けなければこの詩に気付くこともなかったのだけれど、
見つけるときは見つけてしまう、
自分へのメッセージだったのだと、
この春に別れを告げようと動き出す自分に言い聞かせた。


そして私は、1st full albumの制作にようやく取り掛かった。





◆ED映像『光』(2018 桜追加 ver.)



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遠くから凛と響く―活版印刷―

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【1445年 ドイツのグーテンベルクが活版印刷を発明】


中学の教科書に記された、たった1行の文言に心が躍ったのは何故だろう。

小学生の後半、中世の町並を写した写真により始まったドイツ偏愛は、
中学生の頃が一番のピークだったかもしれない。


たとえば、人の群れの中を歩いていて、
何十人と行き交う中、
知っている顔がもし向こうからやってきたら、
幾つもの顔の中から不思議と浮き彫りにされたその人を見つけられるように、

新聞を広げて文字の海の中に【ドイツ】という3文字があれば、
そこだけ大文字でカラー印刷されているんじゃないか、というほど顕著にすぐさま見つけられる、
という、何の役にも立ちそうに無い能力を身に付けていた。


授業中、枯渇した心持ちで教科書を開いた時に、
その3文字があるだけで、ドイツの街並みを思い出しては空想に耽る。
文章の内容がどんなものであれ、【ドイツ】という文字が現れればラインを引いて飾った。
たった3つの活字の組み合わせを神聖化でもしているような行為だった。



【1445年 ドイツのグーテンベルクが活版印刷を発明】


心が躍ったのは、とはいえドイツ由縁だけでは片付けられない。

いつ始まったのかは判らないが、
この頃にはフォント(書体)への興味があり、
祖父母の家の古い本棚から写植やレタリングの本を譲り受け、活用していた。

印刷、という世界に何か共感があったのかもしれない。
そして、教科書に掲載された印刷機の画(グーテンベルクの印刷機)と共に。


古い機械への憧憬は、自動演奏楽器(オルゴール)へと通じる。
寧ろオルゴールが起点かというのが現時点での答え。


興味が重なり、
幾つになってもこうして再び導いてくれる事は、生きる上での褒美だったり薬だったりする。



活版印刷で出逢う文字は、とても凛として心の核に響いた。












先週末、『トオイオト』というグループ展を観に、西荻窪のFALLという素敵なお店へ。



12月にあった文学フリマで、
友人が出店するブースに辿り着く前に、
私も同行の友人も活版印刷されたポストカードや豆本が置かれたブースに反応して、足が止まった。
出店されていたお店の一つが、【九ポ堂】さん。
国分寺で活版印刷をされている。


九ポとは、九ポイント(印刷文字の単位)から来ているそうで、
冒頭の写真にあるのは、作家のほしおさなえさんによる140字小説を九ポイントで活版印刷されたもの。


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こちらは九ポ堂さんの作品を紹介するフライヤー。

どこか懐かしいメルヘン。
お訊きすれば、好きな作家に絵本作家のたむらしげるさんや稲垣足穂というワード。
なるほど、私が引っ張られる訳だ。
長野まゆみさんの初期の世界にも通じる。




周りのお店を見渡せば、
以前私がクルミの美味しさを教えてもらった、クルミド珈琲さんも出店されているではないか。
クルミドさんが出版された刊行物の印刷は九ポ堂さんが手掛けられているそう。

(更に製本は何と伊那にある美篶堂さん。
そして松本のカフェにも置かれているそう。貝割れ大根が立っている!発言を思わずしてしまった素敵カフェ。)

●2013年12月20日『3年目の長野の話』




何度と無くここでも書いているけれど、
好きなものや関わりのあるもののリンクが一気に繋がったとき、
世界の狭さなのか、運命的な縁なのか、
自分が選び取っているとはいえ、
不思議な喜びを感じずにはいられない。






話は戻り、その文学フリマでご挨拶した折に、今回の西荻でのグループ展を紹介して頂いた。
手回し紙オルゴールの作家さんも参加されていたので(お逢い出来なくて残念)
足は重たかったものの、行かない訳にはいかなかった個展。
結果、行きと帰りで随分な心持ちの変化。
出逢いに救われている。


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右:140字小説のほしおさんと、九ポ堂さんのコラボカード(名刺の大きさ)
左:友人の京都土産のカード。正にほしおさんの物語の挿絵になりそうなイラスト(大きさも同じ)





最終日の閉店間際というタイミングだったので、
作家さんたちとお話する事が出来たのも、
とても良い時間になった。



西荻窪は個性的で芯のあるお店や人が、ひっそり息づいていて、
魅力的な町のひとつ。
最近縁があって、毎月のように来ているけれど、
ゆっくり珈琲を飲んだり、という時間はなくて勿体無い。
その間にも素敵なお店は増えていくんじゃないだろうか。


贅沢な悩みは未来へ預けつつ。














欲しかった言葉は
かたちを選ぶものだった


電氣の文字では聴こえない
色や薫りや空気が
必要なんだと
そうしてようやく届くほど
心は鈍く言葉を軽んじていたのだと
気付いた

花や樹木や自然のものたちと共鳴するときのように
癒されていくのが分かる


トオイオト


心は簡単には治らないけれど
大きな救いと気付き

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外では梅が咲いている












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【映画】Robin Williams

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『グッドモーニング、ベトナム』 (1987)
『いまを生きる』 (1989)
『キャデラック・マン』 (1990)
『フック』 (1991)
『トイズ』 (1992)
『ミセス・ダウト』 (1993)
『ジュマンジ』 (1995)
『ジャック』 (1996)
『フラバー』 (1997)
『グッドウィル・ハンティング/旅立ち』 (1997)
『パッチアダムス トゥルー・ストーリー』 (1998)
『奇跡の輝き』 (1998)
『聖なる嘘つき / その名はジェイコブ』 (1999)
『アンドリュー NDR114』 (1999)
『A.I.』 (2001)
『ストーカー』 (2002)
『インソムニア』 (2002)
『RV』 (2006)
『ナイトミュージアム』 (2007)
『奇跡のシンフォニー』 (2007)






高校生の頃、ロビン・ウィリアムズ氏を通して、
映画の食わず嫌いを克服させて貰って、色んなジャンルを観るようになった。
ロビンの出演作は結構観たと思っていたけど
(レナードの朝は、きっと大好きだろうと思って、未だに手を出さずに取っておいてしまっている)
こうして並べてみると、少ない。


コメディアン出身であるけれど、彼のシリアスな演技や、
眉毛を下げ顔をくしゃっとして笑う顔がとても好きだった。
そして、関わった作品の幅の広さ、質の高さは、
私を映画の世界から遠ざけず、寧ろ招いてくれた大きな影響と言って間違いではない。

当時の私は友人と遊ぶ事よりも、
映画の世界から人生を学ぶ事に夢中だった。

本当に色々な事を教えて貰った。
映画の話はこの場所ですると書ききれないから、と書かずにいたけれど、
意識的にこれだけの作品に手を出させた俳優というのは彼だけなので、
ロビンの事は筆頭に書いていても良かったなと
今更になって思ったりもしている。




鬱病と報道されているけれど、
この数年、アルコール依存と闘っていたのも有名だった。
最終的な病名や死因が何であれ、
心の病気には違いない。

あんなに人を楽しませ、自分が楽しむ事に長けている人は中々いないと思っていた。
勿論、世界的な俳優としての彼しか知らず、
個人的な彼の顔は全く知らない。

それでもやっぱり、自殺という最後は、
映画を通して彼から教えて貰ったことをひっくり返されるくらいの、
辛辣な現実がある。

生きる事の素晴らしさをあんなにも教えてくれたじゃないか。
誰にも解り得ない、大きな苦悩と闘っていたのだとしても、
他の誰でもない、ロビンがそれに負けて欲しくなかった。



煙草もアルコールも、それ自体が悪いのではなく、
脆くなった心や体が欲した結果、人を蝕んでいくのだとは解っている。

それでも、
そうして別れを見送るのは、もう沢山。
煙草もアルコールも私は好きじゃない。
嗜みとして美学を求める世界は確かに共感出来る。

バーテンダーを目指す友人に色々連れられて、
本当に美しいバーや職人気質なバーテンダーの世界を教えて貰ったから、
味わい楽しむ世界は珈琲や紅茶や、言うなら音楽や芸術と何も変わらないと思っている。


同時にアルコールによって、人が変わっていく様は、
子どもの頃から不思議な違和感があったし、
そこに美しさがなかったから余計に私は酒の席が好きになれない。

逆に、諸々を嗜みながら、
言葉と料理とお酒を交わす席は、豊かさを与えてくれるもので、
特に自分の性質には合っているからそういう時間は好きだと知っている。
でもお酒はなくても全く構わない。

これに限らないけれど、全ては、行き過ぎずに自制出来るかどうか、というだけの話なのだと思う。


それが難しいからこうして命が削られていくのだろうけれど。
それが本当に難しい事なのかは、
経験の無い私には解らない。
こうして偉そうな事を言える立場ではないのかもしれない。

でも、
自分の事を先ず大切に出来なければ、
何も守れない。
愛せない。

もう沢山なのだ。



昨日のライブの事とか、今日の友人との楽しい時間とか
書きたい事はあるけれど、今日はこれだけ。



Thank you so much, Robin.
Rest in peace.

与えられたものは、生き続ける






【8/20 追記】

ロビンの奥様の声明により、
彼が禁酒をしていた事、
初期のパーキンソン病であった事が報道されました。

パーキンソン病は鬱病を併発させる事が多く、
自殺に発展してしまう例も多いそう。

http://www.cnn.co.jp/showbiz/35052389.html


生と死、
自殺というテーマは、中学生の頃から深く考えている。
あの頃ははっきりNoと言える人格だった。

けれど、
彼が苦しみ悩み選んでこの結論を出したのなら、
増して部外者の自分に何も言える事はないのかもしれない。


改めて、ご冥福を。

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英国絵画の旅

何度か更新しに来ようと思うものの、この季節は閉口気味。


ブログ史上、ついに『1ヶ月以上更新なしで企業広告がついてしまう』
をやらかしました。
その間、訪問して下さった方、ご心配をおかけしました。
え、そんなに更新してなかった?
とぼんやりされている方、その大らかさ、素敵です。


折角書いたものの公開しなかった記事があるので、今日はそれを加筆しつつ載せる事にします。

子どもの頃から書きたい欲は人一倍あるらしいのですが(本を読まないのに作文好きの小学生←内容はともかく速く長く書ける)、
それを発信する必要とは比例しないもの。
この場はそれに目を瞑ってもやる必要を感じているので、
後悔しない記事を書いているつもりで、それは大方成功していると思っているのですが、
端的に言ってしまえば、発信する欲がどんどん減っていて危惧。


元来の自分はそういう人間で、
音楽を始めた時も『歌で語っているのだから、何も喋らなくて良い』と格好つけたい自分がいました(今でも居ます(笑))
唯、それを実践して受け入れられるのは既に知られた名高いアーティストだけかも、と実践して気付き、
はてさて自分は解り易い音楽を書いているとも思えない上に、一期一会のライブでは殊に自分を伝える事が必要なのだと思うようになり、どんどん想像とは違うものに成っていき(苦笑)今に至ります。

そもそもここ数ヶ月、ネットでの人との交流自体が自分の感覚に嵌まらずにいたので、その影響もあるかと思います。
何よりこの季節は毎年呟いていますが、そんな季節なのでご容赦を。



という訳で、雪が沢山降った頃のお話です(笑)

東京に来てから初の豪雪。
雪が降ると仙台にいた頃を思い出します。

雪の夜は、一面の雪を反射して空も明るく、
音は雪に吸収されて奇妙な程に静か。
文明が呆気なく自然に支配されて、人間は黙視せざるを得ない情景。

雪国に住む人は、それを享受する文化と知恵が根付いているんだな、と
機能停止してしまった関東の様々なニュースを見て改めて感じていました。

……こんな時ばかり仙台人になる自分。
という訳で羽生君おめでとう!



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さて。

先週金曜は、江古田マーキーでのライブでした。

老舗と窺いつつも、木材を基調とした洒落たバーカウンターがあったり、と綺麗な場所でした。
共演者の方も普段とはカラーの違う美人さんが揃い、新鮮でありました。

そして告知でも呟いていた『過去出演者のそうそうたる面々』の中で、
私のミーハー心を奪ったのは(本当に沢山いるのですがその最高位は)『森山直太朗』氏です(笑)
皆までは云うまい。


『春告げLIVE』
と称し、この春の4連ライブ(2/28, 3/9, 3/22, 4/4)を進めていこうと思っています。
第一弾は、始まり、をテーマに春告げ鳥のお目覚めを。


※2/28セットリスト

1,微睡(マドロミ)
2,はじまりの唄
3,water waltz
4,オルガニート・詩『春告げ鳥』
5,Yu sontie~輪廻~
6,夜明け


この日、初めて聴いて下さった方が、一番古い曲と一番新しい曲を気に入って下さり、
内心とても面白く感じていました。
そもそも、受け取って下さった方の感想は本当に千差万別で面白いなと思います。
私が描くものとは違うものを描かれていたりするのも音楽だからこそ、
そして自分の曲が自分のものではないことも実感します。



さて、早くも今週の日曜日が第二弾。

初の中華ランチライブ。
こちら、私の手持ちのチケットは有難くも完売したのですが、
まだ若干席の余裕があるそうなので、
ご予約受け付けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆3/9(Sun)@チャイナスクエア(井荻)
『TAROCY MUSIC vol.2』
img120.jpg
↑クリックで拡大表示


12:00 / 13:00 Open / Start
【出演】青木さおり / 丸木美花 / 矢武久実 / きしのりこ (各35min 出演順)
【前売】¥2,000 + 1 Drink 
【当日】¥2,500 + 1 Drink

チャイナスクエア
〒167-0022 杉並区下井草 5丁目18-7(西武新宿線 井荻駅から徒歩1分)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

各アーティスト間に10分の休憩があるそうなので、
料理を楽しみつつ、音楽も楽しんで頂けたらと思います。






閑話休題。

一寸前の話(12月)になりますが、英国風景画の功労者ターナーの展覧会に行ってきました。

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ターナーといえば帆船、

と思っていたのは私の思い違い(人違い)だったかもしれない、
という気付きと共に、堪能してきました。

そしてやはり、というべきか、
来場者に素敵英国紳士“風”な殿方が多く、保養になりました(どんな)

ターナー(Wikipedia参考)
1775年生まれ、という事で、
風景画家として日本で大人気のモネなど印象派より一時代前の人である、
という事を念頭に。

過去の人というのは時系列が自分の中で混線してしまい、
乱暴に一緒くたにしてしまいがちで、
歴史を学ぶ重要性をこんな時に痛感したりします。

音楽家でもそれは言えますが。



ターナーについてそれほど詳しい知識がある訳でもなかったのですが、
イギリス・テート美術館に行かずして、これだけの規模のターナー展は中々ないとの事、
悲しきかな、まだイギリス滞在への夢は実現しそうにないので(苦笑)上野で我慢です。


いつも、美術本でしか知らなかった絵の実物を見た時に驚くのが、先ず大きさ。
意外に小さかったり、大きかったり。

そんな驚きの今回は最たるものだったかもしれない、という位、ターナーの絵は思ったよりも大きく圧倒されました。

そして一枚一枚の絵の吸引力が強く、
静かに強かな世界にとても惹かれるものがあり、
僭越ながらの共感。

闇は何処までも深く、
故に光は何処までも眩しく、
初めて絵画を観て、眩しさに目が眩むという経験。

題材が人間であっても、描かれるのは圧倒的な広い自然。
ターナーは人間が好きじゃなかったのかもしれない。
若しくはそれ以上に自然が好きだったか。
秘密主義を貫き、人付き合いも少なく、
絵から語られる圧倒。

そんな芸術家が好きなんだなと、改めて確認した1日でした。



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展覧会のカタログは買わ(え)ない主義、
なので今回は美術手帖。

この写真では窺えないかもしれませんが、
何と、空想建築画家、野又穣さんがターナーを観にイギリスを巡る、という巻頭コラム!




昨年の野又さん展覧会。
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別の場所にいたと思っていた、自分の好きな2人が繋がる瞬間とは本当に嬉しいものです。
(よくよく考えれば近い場所にいたのかもしれない)

詰まるところ、自分の惹かれたものには通じるものがあるという事で、
その環の中に自分もいる事が嬉しいのです。





そして、何故12月の出来事を書いたかといえば。

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雪騒動が落ち着いた直後を狙って行ってきました。

この半年で3度目の六本木ヒルズ。

写真にあるジョン・エバレット・ミレイのオフィーリアは、
日本人に人気なんじゃないかと思っていて、
その人混みを覚悟してでもこの絵は本物を観たかったので行ってきた訳ですが。

雪、有難う!(暴言)

程よい来客数で(少ないとは言わないけれど)存分に観られました。
ターナーとは逆で、この絵は思ったより小さかったです。

高校生の頃までは印象派(モネ・ルノワール)が好きだったのですが、
反動に近年は食傷気味で、人物画よりやはり自然描写に興味。
更に言うならば、額縁に興味。

ラファエル前派はつまり反逆児の集まり(と言ったら怒られそうですが)と認識しましたが、
額縁も個性的で非常に面白かったです。特にミレイ。

時代的にはターナーの次世代が彼等ラファエル前派。
そして今、三菱でやっている唯美主義展と、東京は現在英国美術ずいていますね。
ついでに以前やった、アーツ&クラフツ展をもう一回やってくれないだろうか。
良いライブ、良い展覧会ほど、二度と観られなくて残念と思うものはないなぁ。


ラファエル前派は、草花の美しさに惹かれました。
ミレイは特に深緑や群青など、使う色がまた素敵。

身近にいる人物をモデルに、衣装や背景は中世に、という
リアルファンタジーに通じる、創作への意欲も面白い所。

私も数年前はそんな事に固執していたのに(箱庭音楽劇場を銘打っていた頃)、
という事を痛感してしまいました。
原点に帰りたいと思っており、そんな曲を書いています(苦笑)





今年は恒例の梅見もタイミングが合わず、
天候も大荒れなのでどんな雰囲気になっているか判りませんが、
実現出来たら次回は華々しい写真でこの場を飾りたいと思います。


とはいうものの、男女共のサッカー代表試合で相当に浮かれていたヤタケでした(嬉々)

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やなせたかしと「詩とメルヘン」

      1381853188660.jpg

「詩とメルヘン」という雑誌があった。
1973年~2003年まで月刊で発行されていた。

高校1年の丁度今頃、偶然本屋で出逢い、
美しい表紙と大胆なタイトル(高校生の時分にはそう感じた)に目を奪われて、
何か、不思議な生きものを発見してしまった気分だった。

と同時に、扉を開けてみれば描かれた物語性のあるイラスト達と、研がれた言葉の饗宴に、
秘密の隠れ家を見つけたような気分になった。

何となく、知りうる限りの友人や大人達とは共有出来ない気がして、
こっそり一人でこの独特の創作世界に足を踏み入れた。

恐らく、今、初めて口外している。


掲載されている詩はほとんどが一般公募されたもの。
その詩に今では名だたるイラストレーター達が絵を付けた。

投稿されるそのすべてを、あのアンパンマンのやなせたかしさんが選別し、この雑誌の質を保っていた。
叙情性のある表紙も毎月やなせさんが描かれていた。
何も知らなかった頃は、
投稿された作品への厳しいコメントに、アンパンマンの作者とのギャップを感じてもいたけれど、
そんな表現への厳しい姿勢があった人だからこそ、
長い闘病を傍らにしても、生きている内はずっと表現していたのだと解る。

そして、彼の創作上の美学からくる厳しいコメントは、
少なからず私の拙詩の創作に影響している。(歌詞ではなく詩)

掲載されるものの中には、自分とははまらないものや、好みでないものもあった。
それでも時間が経って、思い出した頃に開いてみると、
響く言葉がある事に気付く。
そして自分の変化に気付く。

共通していたことは、
そこには、繊細な感覚で世界を見、日常を生きている人達が現実にいるという事実。

世界の狭い高校生にもそうして教えてくれたこの雑誌から与えられたものは大きい。


この雑誌で、沢山の詩人とイラストレーターに出逢え、
彼等の個展や作品館に出掛け、そこから更に枝分かれしていった出逢いは、
本当にかけがえのない宝物。

そのすべてが、やなせさんから与えられたと思っている。

「詩とメルヘン」が休刊後、
2007年に「詩とファンタジー」と銘打った季刊誌で復刊。
やなせさんの時代を切る言葉遣いや温かい心は健在だった。

相変わらず、病室からイベントホールへ直行して、更には歌を歌われたりしていたようで、
この方の生命力は一体何なのだろう、
と静観する暇があったら創造しなさい、と怒られそうな位、自分の姿勢を省みる存在になっていた。

しかし、これらの雑誌とは2008年を最後に私は遠退いた。
「詩とメルヘン」が休刊した時は落ち込んだりもしていたのに、
本屋で見かけても、後ろ髪を引かれても、手は伸びなかった。

それから今に至るまで、
本屋で「詩とファンタジー」を見かけては、やなせさんはまだ元気だ、
と生存確認をするだけの媒体になった。

多分、
与えられたこれまでの雑誌達を未だに吸収しきれていない満腹感があるから、
私は離れたのだと思う。
そしてそれを越えた時また帰ってこようなどと、安易な未来を予想していたりもした。



今日(昨日)の午後、出先の電車内で訃報を知った。
訃報の文字を見て、一瞬驚き、でもそうだよな、と飲み込む。
別れはいつも味気ない。遠い人なら尚更。

そう思った矢先、
丁度聴いていた、生まれたばかりのまだ支離滅裂な自分の歌の歌詞に、
泣きそうになってしまった。

初めて雑誌を手に取ったあの時を思い出す。

遠い人なんかじゃなかった。
私が忘れていただけだった。




やなせさん 有難う。





私は歌で返す。


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プロフィール

yatakekumi

Author:yatakekumi
*矢武久実<Kumi YATAKE>

物語を紡ぐシンガーソングライター

~♪Schedule♪~

*~~~~~~~~~*

◆2019/01/26(Sat)@GRAPES KITASANDO(代々木・北参道)
箱庭音楽劇場、初のワンマンライブ【本公演】が決定!

本公演までソロライブは休止中。

*~~~~~~~~~*


~♪Info♪~

★2018年5月10日 3rd mini album『Innerer Vogel』発売。

★2016年11月30日 1st full album『das älteste librarium ―最古の図書館―』発売。

★2015年、箱庭音楽劇場謹製 箱庭豆本『青いばらの手紙』を販売。

★iTunes,amazonにて楽曲配信中。
CD通販、ダウンロードはHPから可能です。

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